石のひとりごと

停年退職してもう12年,頭が白くなりました.

教育学部の先生

教育学部の先生方には2種類あるように思う*。一つは真の教育者というべき方々で、周囲の状況・人々に細かく心配りをして全体的な視野を持って判断して事を進められる。必要な場合には自ら先頭に立って全体をひっぱることができる。A大学に居た時に組合委員長をされていたI.Fukai先生はそのような方だった。もう一つは「教育者」という立場にあって、周囲も全体も一部しか見えず、一方自分は指導者であるという大前提から離れられない人々である。B大学の教養教育の部門に居たとき、教育学部の学生が一人火山をやりたいということで卒論の指導をすることになった。丁度その頃、ある山の成因に2通りあるのが、精度のよいXRF分析により解決できることに気づき、もし全体が1つの組成だと国際的にも画期的な意味があるので共著、全体がいくつかの組成グループに分かれるなら平凡な結論なので和文国内誌に単著で書きなさいといって一緒に調査に行った。分析は学生が試料処理して別大学の先輩に依頼した。結局後者の結論が出たので、その結果は最終的に当人が単著で短報として公表した。ところが、その教育学部の卒業研究発表会で学生が発表すると、教員から学部学生が出した結果は専門学会で受け入れられるものではない、というような頭ごなしの発言があった。その場で、これは専門学会に発表できる内容である旨のコメントはしたが、その先生方の余りにローカルかつ立場的な考え方に驚いたものだった。その学部は全体としてそのような権威的「教育者」が多かったのだろう。それは能力が立場に見合わないために生じる歪みたいなものであろう。有力大学では、しばしば昇進もできず外にも出ない先生がおられたが、自らが意識する看板とその能力の乖離である場合が多い。論文でも中身ぎりぎりの高いレベルの雑誌に無理して出した場合あまり読まれないのに、やや低いレベルの雑誌に書くと筆が自由になって結果的によく読まれる場合がある。これも看板と中身が一致するとうまくいくが、無理をすると流れが歪むせいなのだろう。

*最近では、能力の限界を自覚してその中で努力するタイプの先生方が多くなって流れはずっと良くなっているのかも知れない。