石のひとりごと

停年退職してもう12年,頭が白くなりました.

藤井康栄著『松本清張の残像』文春新書

しんどい査読を締切で送って、この本の後半を読む。

前半は、「清張担当三十年ーまえがきに代えて」と、「『半生の記』を考える」の二つの項目。文芸春秋社の清張担当をし、現在は北九州市松本清張記念館長をされている著者の、編集担当の始まりから、30年間を経て、清張記念館長を引き受け、この本を書くに至る過程が描かれている。特に、『半生の記』は、私も強い印象を持っているが、一方身近にいた筆者は、あの本に描かれた内容が全てではなく、別の側面があったことをさり気なく示していた。

前半だけでも十分面白かったのだが、後半、「「昭和史発掘」覚書」を読んで、本当に著者が書き残したかったのは、後半であると思った。筆者による資料の発掘と、清張の読み込み・執筆、途中で清張の持ちネタでの芥川や、谷崎・佐藤春夫など文学者の章、などがうまく回って十三巻の大作に育った経緯が書かれている。努力と運とが相まって予想以上に新資料を得ることが出来た。

筆者も、元々素養があって、資料を読み込んでおり、時には清張の原稿に辛口の意見を述べ、清張を怒らせて帰社してしまうが、翌朝、奥さんから電話があって、清張が夜中に原稿の大半を書き直したことを知らされたことが記されている。

筆者も凄い人だが、清張は更に凄い充実した人生を送ったことがよく判る。

ps 半藤一利「清張さんと司馬さん」に,清張の中央公論社からの担当編集者の宮田毬栄は藤井康栄の妹とのこと.姉妹で別会社の清張担当だったとは・・・

ps2  古本屋で見ていたら,森史朗著「松本清張への召集令状」文春新書,2008年刊を見つけて入手.著者はやはり文芸春秋社で一時松本清張の担当をしていたとのことで,松本清張の軍隊経験がその作品にかなり重い影を落としていることを丁寧に書かれている.それにしても亡くなって(1992年)10数年してから少なくとも3名の編集者が新書で作家の思い出を刊行していることは稀なことではある.森の本はまだ途中だが,それぞれが面白い.(2016年4月3日)