石のひとりごと

停年退職してもう12年,頭が白くなりました.

大学の部屋

今頃になって,当たり前のことなのだが,40年間近く大学で勤務出来て研究室や実験室があるのが当たり前であったことが大変有難かったことを思う.
 
会社だと大抵は社員は自分の机はあるものの役職にならないと自分の部屋は持てないだろう.
 
助手(14.4年)の時は2人で部屋を折半して使っていたが,助教授(9.5年)・教授(15年)と自分の研究室と実験室を持って過ごすことができたのは有難かった.助手が長かったせいか,どうも1部屋フルに使うのは遠慮されて,教授になっても半分に仕切って使っていたのは貧乏性なのだろう.あるいはH大で一番業績を上げていた生物の教授が机一つで部屋の大半を実験台にしていたのも影響されたものか.
 
給料の他に経費や部屋・光熱水費,サポートして下さる職員の方の経費等々,民間からするとやはり親方日の丸でメチャクチャ恵まれていた.
 
退職して研究室がなくなると文献調査ならいざ知らず,実験系だともう研究の動機が弱くなってきてしまう.計算機実験が武器のTM先生などだと相変わらず活発に仕事をされているようだ.野外中心で仕事をする人もいるが,今は昔と違って野外だけで研究成果を上げるのはよほど理論等に優れた人でないと難しいのだろう.年寄りが現役の先生や学生の中に入って行くのはなんとなく雰囲気を悪くするような気がして遠慮してしまうのであるが,一応目標があってやっているとどうしてもお邪魔せざるを得ない.私の前任者の先生は一回も大学の研究室に来られなかったのは見識があるものだと感心するがまねはできない.
 
個人差はあるものの60を過ぎると体力,知力共に衰えが目立ち始めてくる.それなりに対処できればよいが,いろいろ迷惑をかけることが多くなり,成果も殆ど出なくなる.私の場合業績は少ないし,途中で数年業績ゼロが続いたことも何度かあるのでここしばらく空いても,またいずれ出せるという願望でなんとかやっている.ということでだらだら,まだしばらく感謝しながら実験室にお邪魔する生活を続けることができれば幸いなのだ.